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月刊PLAYBOY日本版増刊
『Special American Car Edition』
2006年12月22日、集英社
1,200円(税込)
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南の楽園、やすらぎの彼方へ-摂氏30℃の旅

海、風、光……。南の島を巡り続ける写真家、SAMMY氏の
美しい写真とエッセイによる、オリジナル・フォト・ギャラリー。ここは、
見るものを南の楽園へいざなう、心静まるインターネット・オアシスだ……。

 
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第61回

アンガウル島

倉田洋二先生という一人の熱帯生物学者と出会った。私は今、パラオ共和国海域で太平洋戦争時に沈んだ戦没船と戦没飛行機を水中撮影している。多くが戦時徴用船・徴雇船で、華々しい活躍をした名だたる艦船でないために、泥底の海底で今も打ち捨てられたようにして横たわる17隻の船と4機の飛行機に光を当てるのが目的だ。その中でわたしの仕事を現地で支えてくれている東出陽子女史から、紹介された。
御年80歳。しかしわたしの仕事に共感された先生は、「陸上の戦跡も撮りなさい」。そして老体に鞭打ち、これまで本気で撮影されることのなかった英霊たちの貴重な足跡をわたしに撮らせようと、あるときは険しい山を登り、あるときは狭い洞内で頭を傷つけ血を流しながら、わたしを秘密の「撮影地」へと案内してくださった。
倉田先生は陸軍少年兵として、パラオ、アンガウル島で任務に就いた。撃たれて左腕に重症を負った。大きく抉れた左ひじの傷口に蝿がたかり、夥しい蛆がそこで産まれ育った。しかし先生は、蛆たちが傷口の肉片をきれいに食べ尽くすのをじっと見守ったという。やがて「ウジムシどもがわしの傷を治してくれた」。そしてペリリュー島に次ぐ玉砕者を出した激戦地アンガウル島にあって、その後ほそぼそと残る動植物を糧に数カ月を生き延びて、奇跡の生還を遂げたのである。
この島を訪れてみた。その日も、誰が手向けたのだろうか、玉砕した兵士たちの慰霊碑には生花が供えられていた。(アンガウル島。パラオ共和国、バベルダオブ島からチャーターフライトで約30分)

SAMMY(サミー)プロフィール
1959年生まれ。大正大学哲学科卒。島・海・その水中をテーマに、1年の殆どを海外の取材地で過ごす。現在までに30カ国に属する約350の島を訪れ、2000以上のエリアの海を撮影している。日本写真家協会会員。

「Sammy's Photo World-終わりのない旅/Endless Journey-Sammy's Photo World」
H.Pアドレス:http://www.sammy-7seas.com/
メールアドレス:em@sammy-7seas.com
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撮影:Charles T. Whipple